『ネギま!』のアニメが良作になれない6つの理由?

魔法先生ネギま!(17) (講談社コミックス)

魔法先生ネギま!(17) (講談社コミックス)

 元記事は「ネギま!のアニメが良作にならない6個の理由 」(from:CWDさん)。
 タイトルをパクっておきながらこんなことを言うのも恐縮ですが、内容的にはむしろ「ネギま!のアニメが良作”ではない”6個の理由」の方が適切かなあ、と思います。出来上がったアニメへの評価を話題にされているという点において。


 ……で、ここから本題。
 あくまで主観と憶測にすぎないことは前置きしたうえで、アニメ版『ネギま!?』が2シリーズ連続で怪しい方向へ飛んでしまうことになった原因を自分なりに考えてみました。

(1)原作者とアニメ企画者の思惑の不一致、ターゲットの違い?

 後述の(2)〜(5)と被りますが……真っ先に挙げられる問題点は、「原作が少年漫画的大河ストーリーを志向しているのに対し、アニメ版は萌えを前面に打ち出しすぎている」ことです。
 原作版『ネギま!』の少年漫画志向について、詳しくは赤松健論(by:いずみのさん)を参照願います。ひとまず、原作は主人公ネギの成長物語が大きなウェイトを占め、3-Aの生徒たちも敵味方双方のサブキャラも「日常と非日常(魔法世界)の対比および融合」「ネギの成長」に関与しながら徐々に立ち位置を確立していくのが特色、ということで。
 一方、アニメ版(やゲーム版など他メディアに展開された)『ネギま』は、「31人+αの多種多様なヒロイン」を最優先にアピールしています。ぶっちゃけ、少年漫画誌の読者よりも美少女アニメの視聴者や美少女ゲーム(ギャルゲー・エロゲー双方?)のプレイヤーを対象にした制作姿勢だと言えるでしょう。もちろん原作でもセールスポイントの一つであることは確かなんですが、作品としての軸やアピール対象は明らかに異なるわけです。
 喩えるなら、『ネギま!』の原作と他メディアは頭を2つ持った巨人のような存在です。スタート地点で2つの頭が別の方向を目指しているのに、同じ体(=基本設定とキャラ)で走ろうとするから、迷走するのは当たり前だと思うんですよ。
 2作目の『ネギま!?』では、そこらへんを考慮したのか少年漫画的なオリジナルストーリーラインを組み込んで軸にしようとしていますが、かえって難しいでしょう。理由は後述。

(2)原作の連載期間とアニメ放映期間(話数)の不均衡

 これは単純明快。150話以上続いて未だに終わりが見えない原作を、たった26話で再現しようとするのは無理がある。それだけの話です。
 もちろん、アニメスタッフは26回で話が纏まるようにシリーズ構成するわけですが……そうすると、原作のエッセンスをどう取捨選択するか? 何を柱にして、どのように全体像を構築するか?という話になります。その切り分け方を間違えたせいで上手く行ってないんじゃないかなあ?というのが、アニメ版に対する不満の一つ。
(→(3)に続きます)

(3)TVシリーズ単体のストーリーライン

 こんな風に話を進めてると自分はガチガチの原作原理主義者に見えるかもしれませんが、そうでもありません*1。むしろ、別にアニメ版が萌え狙いで原作とかけ離れた作品になっても構わないと思います。視聴者が楽しめる作品になりさえすれば。
 ではなぜ不満なのかと言えば、アニメ版が中途半端に原作のストーリーや方向性を再現しようとしているせいで、どっちつかずになっているから。
 この点においては、黒歴史と呼ばれた第1期はまだマシな方で、なまじシリアス寄りで少年漫画的なストーリーラインを組み込んでしまった『ネギま!?』の方が深刻だと、自分は思います。
 個人的には、2クール26話を前提にアニメ化するなら、原作のストーリーラインはきっぱり無視して「萌えヒロインたちが繰り広げる日常コメディ」を売りにし、連続性の薄い1話完結物にするべきだった……と考えます。ネギが赴任してきた事情とかは適当に端折って、あの世界設定は暗黙の了解ということにして。ぶっちゃけ、第2期では『ネギま』の設定をいい意味で無視して『ぱにぽにだっしゅ!』そのまんまなノリのアニメをやってくれることを期待していたくらいです。
 でも実際には、『ネギま!?』のシリアス部分は萌えともコメディとも相性が悪すぎます。「スタークリスタルの謎を追う」というストーリーラインで話に求心力と指向性を与えるのは良いとしても、そこにネギの過去や黒薔薇を執拗に絡めたせいで必要以上に話が重くなってしまっているんですよね。
 逆に、原作から日常的なドタバタエピソードを中心に抜き出した第1期の方が、アニメ化の手法としてはまだ良かったと思います。作画と火葬を抜きにすれば。


 ただ、『ネギま!?』のスタッフを一方的に責める気もありません。恐らくスタッフ内にも相当数の原作ファンがいて*2、自分なりに面白いアニメ版『ネギま』を再構築したいという気負いがあったのでしょう。
 また更に、アニメ版を作る上でどうしても避けて通れない縛りがあったと考えられます。アニメ版『ネギま』、最大の癌とは……

(4)「パクティオーカード・ネオパクティオーカード商法」が劇中に及ぼす歪み

 やはり、「まず仮契約カードありき」という企画者&スポンサーの意向が、制作姿勢を呪縛しているのがマズい。マズすぎます。
 もちろん、仮契約を巡る一連のシステムが『ネギま』という作品の特色であることは確かです。……しかし、原作での仮契約は、各ヒロインにとって「ネギとの特別な絆」であり「非日常への参加」の鍵でもあるという非常に大きな意味を持っています。契約条件のキスが彼女たちにとって心理的な壁となっているのも、「少年漫画のラブコメ」として『ネギま』を読むなら実に自然なこと。
 ところが、企画者側にとってはそうじゃないようです。「さっさと全ヒロインがパクティオーカードを入手して派手に活躍してくれなきゃ困る。ていうか、パクティオーカードをグッズ化して売るからアニメでも既成事実を作れよ!」という思惑が見え見えなんですよね。事実、アニメ版では第1期・第2期とも実にあっさりと全員*3パクティオーかましてくれました(苦笑)。
 仮契約=キスという行為の重要性を認識しているにせよ、「キスするまでの過程」と「キスしたという事実」のどちらに重きを置くかという点で、原作とアニメは正反対なわけです。


 ただ、自分の邪推なんですが……『ネギま!?』の全員パクティオーはスタッフにとっても苦肉の策だったんじゃないかと思います。
 というのも、ネギが連続パクティオーする羽目になった元凶であるモツとシチミが嫌われ役として描かれていること(マスコットキャラ的な外見のオブラートに包まれてますが、言動や立ち位置は不快感を禁じえません。また、第1期で似たような立ち位置を演じていた原作キャラのカモを「嫌われ役」から解放するために、オリジナルキャラをスケープゴートにしたんじゃないかと。さらに穿った見方をすれば、モツとシチミはスポンサーやO月Pの擬人化的存在?)。また、『ネギま!?』の全員パクティオーハピマテが流れたのは自嘲交じりなパロディにも見えること。そして何より、物語中盤で全員仮契約を敢行したこと。「どうせノルマとして強制されてるなら、さっさと済ませてパートナー能力をストーリーに組み込もう」という、前作よりは前向きかつヤケ気味(笑)な姿勢が感じられます。
(もう一つ付け加えるなら、自力でファンタジー的能力を発揮できるエヴァ茶々組が、『ネギま!?』ではネギとの仮契約を免れている点にも注目。代わりに妙なボケ役と化しているのは謎ですが……。)
 正直、相坂さよの着物姿も可愛かったし、各ヒロインのパートナー能力がどんな風に描かれていくのかは素直に楽しみです。

(5)ウェールズ組(ネカネ&アーニャ)とクラスメイト組の出番のアンバランス

 これも何気に問題。
 ただでさえクラスメイト組の総数が多くて出番配分が大変なはずなのに、事あるごとにネカネやアーニャが出しゃばりすぎです。彼女たちの出番が多ければ多いほど、本来ターゲットとして想定されているはずのクラスメイト組ファンには不満が溜まることでしょう。自分もネカネとアーニャは嫌いじゃありませんが、この悪目立ちはちょっと酷いというのが正直な感想。
 シリアスなストーリーラインを構築するために「ネギが固執する過去」の象徴としてウェールズ組を強調しているのか、それとも単に中の人を多く使いたいだけなのか*4? いずれにせよ、もう少し上手いやり方があったんじゃないかと思います。

(6)予算および人手の不足、スケジュールの圧迫?

 作画崩壊で不評を被るというのは作劇の方向性と無関係の話で、正直『ネギま!』に限った話ではありません。自分も見出し以上に突っ込んだ解説はできないので省略します。
 とはいえ、パッと見で一番わかりやすく突っ込まれやすい欠点なので、売る気があるなら何とかしろよと思わないでもありませんが(笑)。



まとめ?

 ……要するに。
 「原作とアニメ版とで大きく隔たる方向性を無理やり収束しようとした結果、各処で歪みが生じている」のが最大の理由だ、と自分は考えます。(前述した(1)〜(5)は、結局この1文に集約されます)


 話は脱線しますが。2chの週刊少年漫画板を見ていると、『ネギま!』に対して否定的なマガジン読者は結構多いようです。でも個人的には、ネギま!』は少年漫画としてマガジンに載っているからこそ意義がある作品だと思うんです。
 完全に萌えオタ狙いで行くなら、それ系の漫画誌は引く手あまたですし、赤松氏自身が手がけた『陸上防衛隊まおちゃん』のように企画原案だけ担当し、余計な縛りや破綻の少ない萌えアニメを作ることだって可能なはずです。
 ……しかし、赤松氏は「少年漫画としての『ネギま!』」に拘りつづけ、なおかつ受け手や他メディア展開が萌え中心になることも承知のうえで、あえて荊の道を歩んでいる。だから、想定ターゲットが異なるアニメ版との間に軋轢が生じるのは避けられないんでしょうね。




 文章を書くリハビリのつもりで軽く着手したはずが、やたらと気負いすぎた長文になってしまいました。ひとまず今回はこれにて失礼。

*1:原作信者なのは確かですけど(笑)。

*2:このせつの描写など、随所に原作への愛が感じられるのは間違いありません

*3:厳密に言えば、『ネギま!?』の方ではエヴァ茶々丸以外の全員。

*4:余談ですが、モツ&シチミの中の人も一緒ですね